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藍摺(藍絵)の浮世絵とは北斎・英泉・広重と天保の改革

浮世絵の中には、藍の濃淡だけで刷られた青い作品があり、「藍摺(あいずり)」「藍絵(あいえ)」と呼ばれます。浮世絵研究家・小島烏水の2冊の著作から、藍摺がいつ、なぜ広まったのか、どの作品が評価されるのかをまとめました。

公開:2026年10月31日 / 文:版画買取.com 査定担当

結論

藍摺は、藍の濃淡で摺った浮世絵です。一回摺りではなく、ぼかしを多用し、三、四度摺り重ねるものもあります。北斎の「富嶽三十六景」は文政末に「藍摺一枚」として広告されており、烏水は藍摺を北斎が先に試み、英泉から流行したとみています。天保13年(1842年)の改革で色数と値段が制限されると、藍摺がさかんに作られ、広重も藍摺の風景画を多く描きました。ただし英泉の美人画の藍摺は、普通の色摺りの版木を使った「後摺」だと烏水は指摘しています。

青い浮世絵、いつの摺りか写真で確認します

作品全体と、署名・隅の印に寄った写真を送っていただければ、作家と摺りの時期、買取の目安を査定担当が確認してお返事します。額に入ったままでも構いません。

査定料・相談料は無料です。売るかどうかは査定額を見てからお決めください。お断りいただいても費用はかかりません。

資料について

出典は、小島烏水『浮世絵と風景画』(前川文栄閣、1914年)と、同『江戸末期の浮世絵』(梓書房、1931年)の「葛飾北斎の富嶽三十六景」「渓斎英泉伝」の章です。 原本は国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧できます(『浮世絵と風景画』 196・208・253コマ、『江戸末期の浮世絵』 13・57・61・142コマ)。 小島烏水(1873–1948)の著作は日本では著作権の保護期間が満了しています。

藍摺とは

烏水は、藍摺を「藍の単色版ではあるが、一遍刷ではなく」、ぼかしを盛んに使って濃淡と遠近を付けたもの、と説明しています。 三、四度摺り重ねたものもあり、画中の小さな提灯など、ごく一部に赤を入れた作品もあるとしています。 浮世絵に使う藍は阿波の藍草からとったもので、費用を抑えるため、衣類を染めたあとの残りの藍を絞って使ったとも書いています。

北斎か英泉か:藍摺の始まり

英泉の伝記には「近世藍摺の錦画は此人の工風より流行す」とあり、藍摺は英泉の工夫とされてきました。 これに対して烏水は、北斎の「富嶽三十六景」が文政末の合巻本の巻末で「藍摺一枚」として広告されていることを挙げ、北斎のほうが先だったのではないかと推測しています。 そのうえで「英泉から流行した」と言うぐらいは差し支えない、としています。

「富嶽三十六景」の色については、紺・藍・緑・代赭(赤茶)・青が主調で、なかでも藍が最も多く使われていると書き、藍摺のよい例として「相州七里浜」「東都浅草本願寺」「武州佃島」「常州牛堀」を挙げています。 初版は舶来の「ベロ藍」で摺られたという説も紹介していますが、烏水自身は真偽を確かめていないとしています。 富嶽三十六景の摺りの見分け方は北斎「富嶽三十六景」の初摺と後摺をご覧ください。

天保の改革と藍摺

天保13年(1842年)、老中水野忠邦の改革で錦絵にも厳しい制限がかかりました。烏水が引く触れでは、一枚絵は色摺りを七、八遍までに限り、売値は一枚十六文以上のものを禁じるとされ、同年11月には三枚続以上の錦絵と七、八遍摺以上の色摺りが禁じられました。 烏水は、七、八遍と限られては思うような錦絵が作れず、値段も抑えられたため、藍の単色版を工夫して「藍絵」が生まれたと説明しています。 この時期、広重は藍摺の風景画を多く描いたとしています。

改革の締め付けがのちにゆるむと、藍摺は長く続きませんでした。ただ、藍をさらに淡くした水色の冷たい調子は、役者が亡くなったときに出す「死絵」に長く使われたと烏水は書いています。

主な作例

早見表

項目烏水の記述査定で見る点
摺り方藍の濃淡、ぼかし、三、四度摺りのものも。一部に赤を入れた例も濃淡の段階とぼかしの美しさ
始まり北斎が先、英泉から流行(烏水の推測)作家と図柄の確認
広まった時期天保13年の改革で色数・値段が制限された頃改印で年代を確認
英泉の美人画の藍摺色摺りの版木を流用した後摺風景画の藍摺より評価は下がる
水色の死絵改革後も役者の死絵に長く使われた役者名と没年から年代を絞る

青い浮世絵、いつの摺りか写真で確認します

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査定での見方

藍は褪せると全体が灰色がかり、濃淡の差が見えにくくなります。藍摺は藍の深さとぼかしの段階がどれだけ残っているかで評価が大きく変わるため、日光に当てず、そのままの状態でお送りください。 同じ図柄でも、はじめから藍摺として作られた風景画と、色摺りの版木を流用した後摺では評価が違います。作家・図柄・紙と摺りをあわせて判断します。

藍摺の浮世絵に関するよくある質問

Q

藍摺の浮世絵は藍一色だけで摺られていますか?

A

多くは藍の濃淡で摺られていますが、一回摺りではありません。小島烏水は、ぼかしを多く使い、三、四度摺り重ねたものや、小さな提灯など一部に赤を入れたものもあると書いています。

Q

藍摺は誰が始めましたか?

A

渓斎英泉の工夫から流行したと伝えられていますが、小島烏水は、北斎の「富嶽三十六景」が文政末に「藍摺一枚」として広告されていたことから、北斎のほうが先だったのではないかと推測しています。

Q

英泉の美人画の藍摺は価値が高いですか?

A

烏水は、英泉の美人画の藍摺は、普通の色摺りの版木を利用した「後摺」で、はじめから藍摺として作られたものではないと指摘しています。英泉の藍摺で評価が高いのは、雪景山水などの風景画です。

Q

水色の役者絵は何ですか?

A

烏水によると、天保の改革がゆるんで藍摺がすたれたあとも、藍をさらに淡くした水色の調子は、役者が亡くなったときに出す「死絵」に長く使われました。

この記事について

版画買取.com(大阪府公安委員会許可 第62224R085831号)の査定担当が、国立国会図書館デジタルコレクションで公開されている小島烏水の著作を読み、実際の査定で確認している点を加えて執筆しました。当店は浮世絵・新版画を英国のオークションハウスに委託販売しており、海外市場の評価も踏まえて査定しています。作家別の買取は葛飾北斎・渓斎英泉・歌川広重のページをご覧ください。

出典:小島烏水『浮世絵と風景画』前川文栄閣、1914年(国立国会図書館デジタルコレクション 196・208・253コマ)、同『江戸末期の浮世絵』梓書房、1931年(同 13・57・61・142コマ)。触れの文言は旧字・旧仮名を現代の表記に改めています。

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