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大正から昭和初期の木版画には、作家が自分で彫って摺る創作版画と、版元が画家・彫師・摺師に分業で作らせた新版画の2つの流れがあります。創作版画の中心にいた恩地孝四郎の随筆集『工房雑記』(1942年)と、新版画の版元・渡邊庄三郎の記録から、違いと見分け方をまとめました。
結論
違いは誰が彫って摺るかです。創作版画は作家自身が下絵・彫り・摺りを行う「自画自刻」の版画で、大正初めには実際に「自画自刻版画」と呼ばれていました。新版画は版元の渡邊庄三郎らが画家・彫師・摺師の分業で作らせ、画家が摺りに立ち会って仕上げました。創作版画の運動は明治40年代初めの雑誌『方寸』の頃に芽生え、大正7年(1918年)6月に日本創作版画協会が結成されています。なお「新版画集団」は創作版画の団体で、渡邊の新版画とは別ものです。
創作版画か新版画か分からなくても、写真で確認します
表・裏と、余白のサインや印が分かる写真を送っていただければ、作家と種類、買取の目安を査定担当が確認してお返事します。額に入ったままでも構いません。
査定料・相談料は無料です。売るかどうかは査定額を見てからお決めください。お断りいただいても費用はかかりません。
主な出典は、恩地孝四郎の随筆集『工房雑記』(興風館、1942年)に収められた「創作版画回顧」と、版画の普及について書いた文章です。 恩地孝四郎(1891–1955)は、大正3年に田中恭吉・藤森静雄と詩と版画の雑誌『月映(つくはえ)』を出し、のちに日本の抽象版画を切り開いた版画家です。 原本は国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧できます(127〜128コマ、137〜143コマ)。恩地の著作は日本では著作権の保護期間が満了しています。 新版画の側の説明は、版元・渡邊庄三郎の記録(1931年)によります。
恩地は、ある絵をただ版に移しただけでは版画とは言えないと書き、江戸末期の木版浮世絵も出発点は複製的な意図だったと述べています。 作家が版の材料と方法に即して表現を組み立てることこそが版画だ、というのが創作版画の考え方です。
一方、新版画の版元・渡邊庄三郎は1931年、「自画自刻と、画家・彫師・摺師の三者共同とどちらが優れているか」という質問に対し、 彫りと摺りには専門の技術と大変な労力が要るため、不慣れな自刻では画家の理想は表せないと答え、自分の店では彫師・摺師が画家の助手になっていると説明しています。 同じ時代に、正反対の考え方で2つの木版画が作られていたことが分かります。
恩地は、大正初めの自刻木版の特徴として、こますき(丸い刃の彫刻刀)で彫った丸い彫り跡が目立つことを挙げています。手軽に彫れて、ほかの画法にない鮮やかさがあったためだとしています。
恩地の文中には「新版画集団」という団体が出てきます。これは版画家の小野忠重らによる創作版画のグループで、のちに造型版画協会になりました。 恩地自身も「新版画」という言葉を、新しく生まれる版画という一般的な意味で使っています。 渡邊庄三郎の版元が手がけた、川瀬巴水や伊東深水の新版画とは別のものなので、資料を読むときは注意が必要です。
| 項目 | 創作版画 | 新版画 |
|---|---|---|
| 作り手 | 作家が下絵・彫り・摺りを行う(自画自刻) | 画家・彫師・摺師の分業。画家が摺りに立ち会う |
| 主導 | 作家。日本創作版画協会(大正7年) | 版元。渡邊庄三郎ら |
| 始まり | 明治40年代初めの『方寸』の頃から芽生え、大正初めに流行 | 大正期 |
| 考え方 | 版の材料・方法に即した表現。複製を否定 | 江戸の錦絵の技術を生かし、新しい感覚で作る |
| 主な作家 | 山本鼎・恩地孝四郎・平塚運一・川上澄生・長谷川潔など | 川瀬巴水・伊東深水・橋口五葉・吉田博(自摺も行う)など |
| 余白で見る点 | 鉛筆サイン、エディション番号、自刻・自摺の表記 | 版元の表記(「版権所有 渡邊庄三郎」など)、題箋 |
吉田博は版元から出版したのちに自ら摺りを監督する「自摺」の作品を出しており、2つの流れの中間にあたる作家です。
創作版画か新版画か分からなくても、写真で確認します
表・裏と、余白のサインや印が分かる写真を送っていただければ、作家と種類、買取の目安を査定担当が確認してお返事します。額に入ったままでも構いません。
査定料・相談料は無料です。売るかどうかは査定額を見てからお決めください。お断りいただいても費用はかかりません。
創作版画は作家ごとに摺った枚数が少なく、作家の手の跡が残るため、作家・制作年代・摺りの状態で評価が決まります。 恩地が挙げた丸い彫り跡のような技法の特徴や、余白の鉛筆サインは、作家の特定と年代の手がかりになります。 新版画は、版元の表記や摺りの時期が評価を分けます。 価格の目安は創作版画の買取と新版画の買取、作家別には恩地孝四郎・平塚運一・川上澄生・山本鼎のページをご覧ください。
創作版画と新版画はどう見分けますか?
制作の仕組みが違います。創作版画は作家が自分で下絵を描き、彫り、摺る「自画自刻」の版画です。新版画は版元の渡邊庄三郎らが、画家・彫師・摺師の分業で作らせました。新版画の余白には版元の表記が入ることが多く、創作版画には作家の鉛筆サインや自刻・自摺の表記が見られます。
「新版画集団」は新版画のグループですか?
いいえ。新版画集団は小野忠重らによる創作版画の団体で、のちに造型版画協会になりました。名前は似ていますが、渡邊庄三郎の版元が手がけた新版画とは別のものです。
創作版画はいつ始まりましたか?
恩地孝四郎は、明治40年代初めの雑誌『方寸』の頃に版画を創作として生かす動きが芽生え、大正初めに「自画自刻の木版画の流行」と呼ばれるほど広がったと書いています。大正7年(1918年)6月には日本創作版画協会が結成されました。
創作版画も買取の対象ですか?
対象です。恩地孝四郎・平塚運一・川上澄生・山本鼎などの作品を取り扱っています。作家ごとの価格の目安は各作家のページと創作版画の買取ページをご覧ください。