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鈴木春信の作品は、落款が無くても本人の作のことがあり、落款があっても本人の作とは限りません。1931年に井上和雄が『浮世絵師伝』にまとめた春信と周辺の絵師の項を、査定で見る点を加えて整理しました。
結論
『浮世絵師伝』によると、春信は享保10年(1725年)生まれ、明和7年(1770年)6月15日没(46歳)です。明和2年(1765年)の大小暦の流行で作画の中心を担い、大形中判・色を摺り込んだ背景・カラ摺・キメ込みの錦絵が生まれました。揃物には1、2枚を除いて落款の無いものがあり、好事家の注文品に多く見られます。「座舗八景」は最初の摺りが「巨川」の名入り、2度目が無落款、3度目が白抜きの「春信画」です。一方、門人の春重(後の司馬江漢)が春信の落款を入れた偽作を版行したとも伝わり、別人の「春信」もいます。
落款が無くても、写真で作者と相場を確認します
作品全体と、余白・落款に寄った写真を送っていただければ、作者と出版時期の見当、買取の目安を査定担当が確認してお返事します。揃物の1枚だけでも、復刻版かどうか分からない作品でも構いません。
査定料・相談料は無料です。売るかどうかは査定額を見てからお決めください。お断りいただいても費用はかかりません。
出典は、井上和雄編『浮世絵師伝』(渡辺版画店、1931年)の「春信」の項と、門人「春重」「春次」、同じ名の絵師の項です。同書は浮世絵師を五十音順に並べた人名辞典です。原本は国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧できます(122〜123コマ)。井上和雄(1946年没)の著作は日本では著作権の保護期間が満了しています。本文の西暦は当店が補いました。
同書によると、春信は享保10年(1725年)生まれ、明和7年(1770年)6月15日没、46歳です。画系は重長の門人で、鈴木氏、本姓は穂積、通称は次兵衛、長栄軒と号しました。居所は両国米沢町の角で、神田白壁町にも住んだと伝えられます。
作品は宝暦6、7年(1756、57年)頃から発表されたとみられます。初めは鳥居派に似た役者絵も描きましたが、間もなくやめて美人画に力を注ぎました。ある時期には石川豊信の影響を最も多く受け、明の仇英の作品に示唆を受けたとの説もあります。明和2、3年(1765、66年)頃には一家の画風を成し、描く人物はいずれも夢のような趣を持つと同書は評しています。
明和2年(1765年)の春、江戸の好事家の間で、大小暦の摺物を交換することが大流行しました。意匠を競って数度摺りの彩色を尽くし、その作画を担った第一人者が春信だったと同書は書いています。このとき版画は次のように変わりました。
錦のように美しくできたとして「錦絵」と呼ばれたのは、この時だと同書は記しています。改革の背後には、巨川・莎雞ら俳人の後援者がいて、彫りと摺りの技巧まで指導した証跡があるとも書かれています。墨摺絵から錦絵までの流れは浮世絵版画の技法と年代、判型は浮世絵の判型とサイズで解説しています。
査定で特に知っておきたいのが、春信の揃物には落款の無いものがあることです。同書によると、四季・五常・六玉川・七小町・八景のように数枚で1組にした作品には、次の2種類があります。
後者は好事家の注文に応じて描いたものに多く、その包み紙に、考案者・彫師・摺師らとともに春信の名を記すのが例だったといいます。落款が無いことだけで春信の作ではないと決めることはできません。
春信と巨川は親交が最も深く、「巨川工」とあるものは、ほとんどすべて巨川が春信に頼んで描かせたものだと同書は書いています。落款の読み方は落款・印章から作家を調べる方法をご覧ください。
同書は「座舗八景」を例に、同じ版が摺り直されるたびに文字が変わったことを記しています。摺りの順序を落款で読める例です。
3度目について同書は、8図1組のほかに各図をばらで売ったためだろうと推測しています。つまり、座舗八景では落款のある図のほうが後の摺りです。
同書が著名な作として挙げる絵本と錦絵です。
同書によると、谷中笠森稲荷の茶店鍵屋の娘お仙と、浅草観音境内の楊子店柳屋の娘お藤は、春信に描かれていっそう評判になり、春信もそれで好評を得ました。美女を和漢の歴史上の人物に見立てた図も多く、題材を古い文学から選び、和歌の意味を当世の風俗で描いたものもあります。
大正8年(1919年)6月に春信の記念碑が建てられた谷中三崎町の大円寺(俗称 瘡守稲荷)は、お仙の茶店があった功徳林寺境内の笠森稲荷とは別の寺で、関係は無いと同書は注意しています。
同書は、春信の晩年に門人の春重(後の司馬江漢)がひそかに春信の落款を入れた偽作の美人画を版行し、利益を得たらしいと記しています。「春重」の項では、春信の画系に門人鈴木春重とあるものの、直門ではないと本人が『後悔記』で述べたと書いています。後に改めた名は司馬江漢です。春信の落款があることも、本人の作の証明にはなりません。
「春信」の名を持つ別人も同書に載っています。
周辺の名では、門人の春次(春治とも落款、明和〜安永、美人画)がいます。春広は湖龍斎の前名で、湖龍斎は春信の友人でした。
| 確認する点 | 読み取れること(井上和雄の記述) |
|---|---|
| 鳥居派に似た役者絵 | 宝暦6、7年(1756、57年)頃からの初期の作風 |
| 大形中判、背景に藍・淡鼠・黒 | 明和2年(1765年)以後の錦絵の特徴 |
| カラ摺・キメ込み | 明和2年の改良で試みられた技法 |
| 落款が無い揃物の1枚 | 春信の作でも落款の無い例がある。好事家の注文品に多い |
| 「巨川工」の文字 | 巨川が春信に頼んで描かせたものがほとんど |
| 座舗八景に「巨川」 | 最初の摺り |
| 座舗八景が無落款 | 2度目の摺り。包み紙に「鈴木春信画」 |
| 座舗八景に白抜き「春信画」 | 3度目の摺り |
| 作画が寛政頃の肉筆で「春信」 | 谷川氏の春信の可能性 |
春信は、落款の有無だけでは判断しません。落款が無くても本人の作の場合があり、落款があっても春重の偽作や別人の場合があります。判型、背景の色、カラ摺やキメ込みの跡、紙の状態を合わせて見ます。カラ摺やキメ込みは正面からの写真に写りにくいため、斜めから光を当てた写真があると確認しやすくなります。 包み紙が残っている場合は、一緒に撮影してください。復刻版との見分け方は浮世絵の見分け方(本物・後摺・復刻・印刷)をご覧ください。買取相場は鈴木春信の版画買取をご覧ください。
落款が無くても、写真で作者と相場を確認します
作品全体と、余白・落款に寄った写真を送っていただければ、作者と出版時期の見当、買取の目安を査定担当が確認してお返事します。揃物の1枚だけでも、復刻版かどうか分からない作品でも構いません。
査定料・相談料は無料です。売るかどうかは査定額を見てからお決めください。お断りいただいても費用はかかりません。
落款の無い美人画は春信の作ではないのですか?
そうとは限りません。井上和雄編『浮世絵師伝』によると、春信の揃物には1組のうち1、2枚を除いて落款の無いものがあり、好事家の注文に応じて描いたものに多いとされています。判型や摺りを合わせて確認します。
「巨川工」とある作品は何ですか?
『浮世絵師伝』は、「巨川工」としたものはほとんどすべて、春信と親交の深かった巨川が春信に頼んで描かせたものだと書いています。「座舗八景」は各図に巨川の名が入り、春信の落款がありません。
「春信画」の落款があれば本物ですか?
落款だけでは決まりません。『浮世絵師伝』には、門人の春重(後の司馬江漢)が春信の落款を入れた偽作を版行したとの記述があり、谷川氏の春信など別人もいます。後の時代の復刻版もあるため、紙と摺りも確認します。
春信の作品かどうか分からない版画も査定できますか?
可能です。作者が分からない作品も、作品全体と余白・落款に寄った写真をお送りいただければ確認します。包み紙が残っている場合は一緒に撮影してください。